国語算数社会理科の順番は、そのままでいいのか?(その1)


こんにちは。娘が四人いる、家庭も社会貢献派、Faboの伊藤です。

「明日の学校の準備した?」
「いまやってるよ、えぇ〜っと、国語、算数、理科、社会・・・」

小学生がいるご家庭ではこのような会話はあると思います。

今更の疑問ですが、なぜ小学校の教科は「国語算数理科社会」なのか?
※国語算数社会←→理科というお声も頂戴しましたが、ここでは同じカテゴリとさせていただきます。

・「ジャポニカ学習帳」のCMソングがこの順番だった。(30年以上前)
・「親子クイズ国語算数理科社会」というTBSの番組があった(1982年頃)

というメディアの影響説が有力だと思えます。

そして、「学習指導要項」(文部科学省が告示している教育課程の基準)では、・・社会、理科の順番ですね。

Wikipedia経由で恐縮ですが、小学校の場合は以下の順番で記載されているようです。
国語、算数、社会、理科、音楽、図画工作、家庭、体育、自由研究

このオーダー(順番)は、ある程度意図されているのでしょう。
つまり、重点教科の順番だと思います。

母国語は全ての学習において、必要な要素ですし、「読み書きそろばん」と言われ続けてきたようにものの数え方という算数も大事ですから、理解できます。

世界では産業革命を経て、その後の戦後復興の日本においては、会社や工場でちゃんと働ける人材というのがもっとも重要だったのでしょう。

工場長:「この装置は危険だから注意するように、今日は1,000個の完成品を目標にします。ひとり100個です。」(国語)

従業員:100個か、午前中に30個終わらせないとまずいな。。。(算数)
それにしても毎日忙しいなぁ、でも世の中に足りない製品だからがんばって作ろう(社会)

従業員:よし、この組み合わせの素材は今まで以上に丈夫だぞ(理科、工作)
今日の手作り弁当は何かなぁ(家庭)
あ、昼休み後の体操の時間だ(音楽、体育・・)

まぁ、ちょっと強引ですが、こんな感じです。このような人材を育てる上では、この優先度で良かったでしょう。

高度経済成長期になっても、ホワイトカラーが増えたくらいで大して差はないでしょう。

インターネット誕生後は、「英語」と「パソコン」が必要だということで、強引に小学校のカリキュラムに組み込まれます。
現時点でも、英語などの外国語は高所得の労働者には必須のアイテムとして神格化され続けています。

だけど、この順番は時代と共にもっと変わるべきですね。今後30年の教育を考えると。

そこで、今後必要な科目の組み合わせ、新規科目を空想してみました。内容は次回へ。